[PR] 看護師 転職 院長の独り言 2017年04月01日

湘南で開業している歯科クリニック院長の日々雑感です。

Sergei Diaghilev

2017 - 04/01 [Sat] - 06:10

昨日はロシアの芸術プロデューサー、セルゲイ・ディアギレフの生誕145周年を記念したロゴに変わっていました。

セルゲイ ディアギレフ

 セルゲイ・ディアギレフは1872年3月31日、当時ロシア帝国領だったペルミで裕福な貴族の家柄に生まれ、幼少時代を当時の首都ペテルブルクで過ごした後、10歳でペルミに帰郷、18歳になった1890年にはペテルブルグ大学法学部に入学しました。
 学歴エリートとしてのキャリアが約束されたセルゲイ・ディアギレフだったが、彼はここで芸術家として生きる道を選び、作曲家リムスキー=コルサコフに一時期弟子入りしたが、音楽の道は諦めて絵画に熱中、莫大な財産を投じて西欧旅行の傍ら絵画を買いあさり、6度にわたって自前の展覧会を催しました。招待客の中には皇帝一族の名前もありました。1900年のパリ万国博覧会に感銘を受けたセルゲイ・ディアギレフは、芸術家仲間とともに雑誌『芸術世界』(ミール・イスクーストヴァ)を創刊し、フランスなどで流行していた最先端の芸術潮流をロシアに紹介しました。
 1911年、ついに常設のバレエ団「バレエ・リュス」を結成し、「バレエ・リュス」はパリを中心に各地で公演を行いました。
「ペトルーシュカ(ストラヴィンスキー)」、「春の祭典(ストラヴィンスキー)」、「道化師(プロコフィエフ)」、「風変わりな店(レスピーギ)」等、現在でも公演が行われているバレエ音楽の名曲の数々が「バレエ・リュス」のために生み出されました。
舞台美術もピカソ、マティス、ローランサン、ミロなどの当時を代表する芸術家が手がけており、当時の芸術の粋を集めたバレエ団でした。
 残念ながら「バレエ・リュス」は、彼の死と共に、解散してしまいますが、当時は芸術の最先端であり、現在のバレエの礎にもなっています。数多くのバレリーナや演出家も排出し、その後のバレエの発展に大きく寄与しました。

 ポチっと応援よろしくお願いいたします。

スポンサーサイト

 | HOME | 

プロフィール

zahnarzt

Author:zahnarzt
zahnarztとは、ドイツ語で歯科医師の事です。
歯科医師になって約30年・・・年月の経つのは早いものです。
二人の娘のうち一人は嫁ぎ、初孫が生まれました(^_-)☆
愛犬のレオは、2006年9月12日に天国に旅立ってしまいました。
レオ君のページはこちら

カレンダー

03 | 2017/04 | 05
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -

検索フォーム

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

カテゴリー

FC2ブログランキング

FC2カウンター

現在の閲覧者数:
Google




ビジネスブログランキング参加中
皆さんからの クリック
更新意欲につながります(^^)V



Mozilla Firefox ブラウザ無料ダウンロード



人気blogランキングへ






リンク

月別アーカイブ

RSSフィード

QRコード

QR

バロメーター

ブロとも申請フォーム