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湘南で開業している歯科クリニック院長の日々雑感です。

KANEKO MISUZU

2017 - 04/12 [Wed] - 06:03

金子みすゞさんの生誕114周年を記念してgoogleロゴが変わっていました

金子みすゞ

ググってみますと・・・
金子みすゞは、大正時代末期から昭和時代初期にかけて活躍した日本の童謡詩人。
大正末期から昭和初期にかけて、26歳で死去するまでに500余編もの詩を綴ったとされる。

東日本大震災の時に流れていたACのCMに登場する 『こだまでしょうか』という詩の作者だそうです。



『こだまでしょうか』

「遊ぼう」っていうと 「遊ぼう」っていう。

「ばか」っていうと 「ばか」っていう。

「もう遊ばない」っていうと 「遊ばない」っていう。

そうして、あとで さみしくなって、
「ごめんね」っていうと 「ごめんね」っていう。 

こだまでしょうか、 いいえ、誰でも。


没後80年以上経ってもその詩はまったく古びず、今、目の前で作られ、読まれたもののように自然に心へはいってきます。

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Fazlur Rahman Khan

2017 - 04/05 [Wed] - 06:15

4月3日のGoogleロゴが以下のものに変化していました。
ファズラー・ラーマン・カーン生誕88周年に因んだものだそうです。

Fazlur Rahman Khan

ファズラー・ラーマン・カーンはバングラデシュ系アメリカ人の建築技術者で建築家です。
様々な高層建築のため構造システムを構築しました。
「Father of tubular designs: 管状デザインの父」とも言われています。
彼は、イギリス領時代のダッカに生まれます。
ダッカ大学で土木工学を学び、奨学金を得て、1952年に渡米。
イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校で3年間、構造工学を学びました。
1955年より建築技術者としてのキャリアをスタートさせます。
シカゴに本社を置く、アメリカの大手建築事務所「スキッドモア・オーウィングズ・アンド・メリル(SOM)」に入社し、様々な高層ビルを手がけて行きます。
1969年に完成したシカゴの「ジョン・ハンコック・センター」の設計、1973年に完成した「シアーズ・タワー(現 ウィリス・タワー)」の設計で世界的にも有名になりました。
「ジョン・ハンコック・センター(最頂部:457.2m)」は完成時、アメリカで2番目の高さ、「シアーズ・タワー(最頂部:527.3m)」は完成時、アメリカで1番高いビルでした。
「シアーズ・タワー」は現在でも「1ワールドトレードセンター(最頂部:541.3m)」に続くアメリカで2番目の高さのビルです。
彼は、高層ビルの設計・建設には、強度のある「剛」の構造だけではなく、地震や風に対応する「柔」の構造も必要だとして、「チューブ構造」の建築技術を生み出しました。
チューブ構造とは、ビルの外側にフレームで筒状の構造体をつくり、全体をつるして支える仕組みです。
建物を支える構造体を隠さずそのままデザインに取り込んだことでも、注目を集めました。
チューブ構造は、現在も高層ビルの建築に欠かせない技術となっています。
1967年、彼はアメリカに帰化しています。
ちなみに「1ワールドトレードセンター」の設計は、彼の所属した「スキッドモア・オーウィングズ・アンド・メリル(SOM)」が手がけています。
その他、日本の「東京ミッドタウン」や、世界一高いビル「ブルジュ・ハリファ(最頂部:828.9m)」もSOMの設計です。

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Sergei Diaghilev

2017 - 04/01 [Sat] - 06:10

昨日はロシアの芸術プロデューサー、セルゲイ・ディアギレフの生誕145周年を記念したロゴに変わっていました。

セルゲイ ディアギレフ

 セルゲイ・ディアギレフは1872年3月31日、当時ロシア帝国領だったペルミで裕福な貴族の家柄に生まれ、幼少時代を当時の首都ペテルブルクで過ごした後、10歳でペルミに帰郷、18歳になった1890年にはペテルブルグ大学法学部に入学しました。
 学歴エリートとしてのキャリアが約束されたセルゲイ・ディアギレフだったが、彼はここで芸術家として生きる道を選び、作曲家リムスキー=コルサコフに一時期弟子入りしたが、音楽の道は諦めて絵画に熱中、莫大な財産を投じて西欧旅行の傍ら絵画を買いあさり、6度にわたって自前の展覧会を催しました。招待客の中には皇帝一族の名前もありました。1900年のパリ万国博覧会に感銘を受けたセルゲイ・ディアギレフは、芸術家仲間とともに雑誌『芸術世界』(ミール・イスクーストヴァ)を創刊し、フランスなどで流行していた最先端の芸術潮流をロシアに紹介しました。
 1911年、ついに常設のバレエ団「バレエ・リュス」を結成し、「バレエ・リュス」はパリを中心に各地で公演を行いました。
「ペトルーシュカ(ストラヴィンスキー)」、「春の祭典(ストラヴィンスキー)」、「道化師(プロコフィエフ)」、「風変わりな店(レスピーギ)」等、現在でも公演が行われているバレエ音楽の名曲の数々が「バレエ・リュス」のために生み出されました。
舞台美術もピカソ、マティス、ローランサン、ミロなどの当時を代表する芸術家が手がけており、当時の芸術の粋を集めたバレエ団でした。
 残念ながら「バレエ・リュス」は、彼の死と共に、解散してしまいますが、当時は芸術の最先端であり、現在のバレエの礎にもなっています。数多くのバレリーナや演出家も排出し、その後のバレエの発展に大きく寄与しました。

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hassan fathys

2017 - 03/24 [Fri] - 00:20

昨日はエジプトの建築家ハッサン・ファトヒーの誕生日
これを記念して、Googleのトップページも一日限定で特別ロゴに変更されていました。

hassan-fathys

ハッサン・ファトヒーは1900年3月23日、エジプトのアレクサンドリアで生まれた。1926年にキング・フアード大学(現在のカイロ大学)を卒業した後、芸術大学に就職し、建築家としてのキャリアをスタートした。

ハッサン・ファトヒーは大学で近代的・西洋的な建築技術を学びながらも、それに依存するのではなく、エジプトに古くから伝わる建築技術や材料を利用することを選んだ。中でもハッサン・ファトヒーの独創性として現在まで評価が高いものに、「バードギール」の利用がある。バードギールとはペルシャ建築に起源を持つ採風塔のことで、ハッサン・ファトヒーはこれを利用することで従来の近代建築にはなかった開放的な空間表現を実現したのである。

ハッサン・ファトヒーは1989年11月30日、カイロで死去。89歳だった。ハッサン・ファトヒーはエジプトを代表する建築家として、ピラミッドの発明者とされる古代の神官イムホテプと並んで讃えられている。

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Vernal Equinox Day

2017 - 03/21 [Tue] - 06:37

3月20日は春分の日ということでGoogleのロゴが変わっていました。

春分の日

「自然をたたえ、生物をいつくしむ」ことを趣旨としている日で、今回のロゴは、春になり土の下で眠ってたネズミが目覚めて
地上に咲いた花を摘んで地中の部屋にある花瓶に花を生ける春を感じるかわいらしいGIFアニメーションになっています。
昼と夜の長さが同じになると言われていますが、実際は昼のほうが長いそうです。

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プロフィール

zahnarzt

Author:zahnarzt
zahnarztとは、ドイツ語で歯科医師の事です。
歯科医師になって約30年・・・年月の経つのは早いものです。
二人の娘のうち一人は嫁ぎ、初孫が生まれました(^_-)☆
愛犬のレオは、2006年9月12日に天国に旅立ってしまいました。
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